2026/1/28
街頭で演説をしていると、ベビーカーを押したお父さんやお母さんが、申し訳なさそうに通り過ぎていく姿をよく見かけます。
職場でも、「すみません、お迎えがあるので……」と頭を下げて帰る同僚を何人も目にしてきました。
電車の中で、子どもが泣き出すと「すみません」と肩身を狭くする親御さんも少なくありません。
なぜ、日本の親はこれほどまでに「謝りながら」子育てをしなければならないのでしょうか?
アメリカの研究チームによる、非常に興味深い試算があります。
「親が子どもを一人育てることで、国家にどれだけの金銭的メリットを与えているか?」
その結果、驚くべき数字が出ました。
親は、子どもを育てることを通じて、国から受け取る補助金を差し引いてもなお、子ども一人あたり約21万7,000ドルの「プラス」を国家に生み出しているというのです。
今のレートで考えれば、3,000万円以上。 仮に少し前のレートや物価で保守的に見積もっても、約2,000万円。
子どもが2人なら、4,000万円以上の価値を、親は国にプレゼントしていることになります。
どういうことか。仕組みはシンプルです。
親は、自分の手取りを削り、キャリアの機会損失(見えないコスト)を払いながら、必死で子どもを育てます。
その子どもたちは将来、労働者となり、納税者となり、社会保険料を納めます。
そのお金が、将来の年金制度や医療制度、公共インフラを支え、社会全体の老後を支えることになるのです。
はっきり言います。
あなたの子育ては、個人の趣味なんかではありません。
この少子化の時代、子育ては、国家の存続に関わる、極めて重要な「インフラ整備事業」としての一面を、否応なく背負っています。
それなのに…今の日本はどうでしょう。
「将来の納税者」の製造コスト(=育児費用と親の労力)を、国家は大して負担していません。
個人の家庭に「自己責任」として押し付け、その果実(将来の税収)だけはちゃっかり徴収する。
これは、国家による子育て世帯への「フリーライド(ただ乗り)」と言っても過言ではありません。
「時短で迷惑かけてすみません」
そう言って帰る時、心の中でこう唱えてください。
「私は今から、御社と国家を支える2,000万円分の人材育成プロジェクトに行ってきます(自腹で!)」と。
しかし、個人の気の持ちようだけで解決してはいけません。
政治が、この「見えないコスト」と「見えないベネフィット」を正当に評価し、仕組みを変える必要があります。
「教育国債」でコストを国が持つ:子育て・教育費用は「未来への投資」です。親の財布に依存せず、国債発行で国が全面的に支えるべきです。
「年少扶養控除」の復活:子育て世帯の税負担を軽くするのは、優遇ではなく「投資への還元」です。
現役世代の「手取り」を増やす:社会保険料の軽減や減税を通じて、子育ての機会費用を補填します。
誤解しないでいただきたいのは、「親が偉いから優遇しろ」と言いたいわけではありません。
子どもを持たない選択をした方も、納税を通じて社会を支えている立派な貢献者です。
また、納税していないからと言って、逆に圧を感じるような社会は、もっとダメだと思います。
私が言いたいのは、「子育てのコストは個人持ち、リターンは社会全体」という構造はイビツでは?ということです。
誰かに謝りながら、肩身の狭い思いで次世代を育てる。
そんなバカげた社会は、私たちの代で終わりにしましょう。
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ヤマグチ ショウヘイ/35歳/男
ホーム>政党・政治家>山口 翔平 (ヤマグチ ショウヘイ)>子育ては4,000万円分の財政的価値 ― 謝りながら子育てする"異常事態"に終止符を。