2026/1/27
衆院選の公示日を迎えました。
本日は、改めて私がこの選挙に挑む
覚悟
を申し述べます。
日本という国は、追い詰められると驚くほど鮮やかに「宗旨替え」をします。
幕末には「尊皇攘夷(外国人を追い払え!)」と叫んでいた志士たちが、明治維新を迎えるやいなや、「夷狄(いてき)」と呼んで蔑んでいた欧米から貪欲に学び始めました。
太平洋戦争では「鬼畜米英」と竹槍を構えていたのに、敗戦した途端にアメリカ流の民主主義を受け入れ、経済成長へ邁進しました。
なぜかといえば、日本には良い意味で
「ガチガチの中核思想(ドグマ)」がないから
です。
強烈な宗教やイデオロギーに縛られていないため、異質な思想に対するアレルギーが驚くほど少ない。
新しい考え方が入ってきても、それを異物として排除せず、まるで「自分たちが以前から知っていたもの」であるかのように、器用に使いこなしてしまいます。
これは良い面もありますが、この器用さには致命的な副作用もあります。
それは、
思想の本質的理解が甘くなる
ことです。
要はつまみ食いのような形になってしまって、腹の底まで消化しきれていない状態なのです。
平時はそれでも回ります。
しかし、本質が問われる
究極の事態
になると、この「浅さ」が露呈するのです。
私がこの話をするのは、
今の政治状況がこれに重なるから
です。
耳触りの良い新しい言葉(思想)を次々と打ち出し、看板を架け替えるのは得意です。
しかし、その奥にある「なぜそれをやるのか」「誰のためにやるのか」という本質的な議論が、空洞化していませんか。
180度変わる柔軟さは武器です。しかし、その中心に
変わらない軸=背骨
がなければ、それは、
単なる漂流
に過ぎません。
私の背骨は、
働く人
にあります。
人口減少に歯止めがかからない日本。
働く人が報われる社会を実現できなければ、次世代に日本を託そうという思いもどんどん弱くなっていってしまいます。
さらに少子化は加速し、負のスパイラルは未来永劫止まることがなくなってしまうのです。
だからこそ私は、
働く人
を自らの背骨に据え、手取りを増やし、可処分時間を増やすことで、
頑張れば報われるんだ
と実感できる社会を作り上げたい。
そのために、ブレることなく、愚直に、ひたむきに、働く人の背中を後押ししていきたい。
どうか、私と一緒に、
立ち上がってくださいませんか。
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ヤマグチ ショウヘイ/35歳/男
ホーム>政党・政治家>山口 翔平 (ヤマグチ ショウヘイ)>私が「働く人」の味方であり続ける理由 ― この国の本質的な課題に切り込む覚悟。