2026/7/11
7月10日。昭和20年のこの日未明、123機のB-29が仙台上空に到達し、約2時間にわたって焼夷弾を投下しました。被災戸数1万1,933戸、被災人口5万7,321人、死者・重傷者・軽傷者・行方不明者を合わせると2,700名を超える、筆舌に尽くしがたい惨禍でした。犠牲者は精査を経て1,064名、身元不明者などを含めると1,399名に上るとされています。
エル・パーク仙台で執り行われた令和8年度仙台市戦没者戦災死者合同慰霊祭に先立ち、献花をしてまいりました。非戦闘員である無辜の市民を襲った空襲の残酷さ、戦争の不条理を改めて思い、尊い犠牲の上に今の仙台があることに心を致しながら、まちづくりへの覚悟を新たにしたところです。
慰霊祭に隣接して開催されている「次世代への戦争の記憶継承展~仙台空襲の記録~」にも足を運びました。当時の記録写真が展示され、丁寧な解説もつけられています。展示場では藤本副市長とも一緒になり、同年代ということもあり、戦災後の仙台にかろうじて残った建物の思い出などを語りながら一巡しました。
「仙台よい町 森の町 7月10日は灰の町」――米軍が事前に撒いたビラの文句が、この日の惨劇を象徴しています。戦争を起こさせない努力の必要性を強く思うとともに、次の世代への記憶の継承の大切さを改めて感じました。
展示会はエル・パーク仙台ギャラリーホールにて7月12日(日)13時まで開催されています。ぜひ足を運んでいただきたいと思います。
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ホーム>政党・政治家>渡辺 ひろし (ワタナベ ヒロシ)>【日録】7月10日 仙台空襲から81年――慰霊と記憶の継承