2026/7/13

西の山で木を学んだ。次は、北の大地で酒を学ぶ番だった。
新千歳からレンタカーで二時間。和馬は日本海へ向かって車を走らせていた。十一月。低い雲が地面すれすれまで垂れ込め、フロントガラスにみぞれがぱらぱらと当たる。万能の山の、湿った深さとはまるで違う。空がただ広く、そして冷たかった。
余市(よいち)。爺と機関が、同じ夜に指し示した北の町。
やがて海を望む丘陵に出た。なだらかな斜面に、葡萄の畑がどこまでも続いている。だがその畝が、奇妙だった。緑の葉はもう落ち、剥き出しの枝が垣根の針金から外され、地面のほうへだらりと寝かされている。まるでこれから、土に埋められるのを待っているみたいに。
その丘の中腹に、瀟洒な建物が一棟あった。三角屋根のレストランと、その奥に、蔦の絡む醸造所。畑のただ中に建つ、小さな城のようだった。
約束の場所に着くと、若い夫婦が待っていた。
「わざわざ、こったら遠くまで、おばんでした」
女性のほうが先に駆け寄ってきた。三十代半ばだろうか。頬を寒さで赤くして、背中に赤ん坊をおぶっている。その笑顔が北の曇り空の下で、ぽっと灯がともったようにあたたかかった。
「杉山(すぎやま)です。畑のことなら、なんぼでも聞いてってけれ」彼女はにこにこと言った。「あ、こっちが旦那の……ええと、和馬さん、じゃなくて」
「俺が杉山和也(かずや)です。妻が栽培で、俺は醸造を」夫のほうがおずおずと後ろから出てきた。線の細い、和馬と同じくらいの背丈の男だった。「あの、妻がいつも、仕切ってまして」
「あったり前でしょや。あんた去年、剪定わやにしたべさ」妻がぴしゃりと言った。
「……はい」夫が首をすくめた。
和馬は思わず笑いそうになった。どちらがこの畑の主かは、見るより明らかだった。
「で、なした。万能っつう街から、葡萄を習いに来たって?」
妻の杏子(きょうこ)——と名乗った——が、寝かされた葡萄の枝を軍手でそっと持ち上げながら訊いた。
「はい」和馬は頷いた。「うちの街には石灰の、痩せた土があって。それが世界一のワインを生む土と同じだと教わりました。でも――こんな寒い土地で、本当にいい葡萄ができるんですか。雪も降るのに」
「ふふ。みんな、そう言うのさ」杏子は笑った。「寒いと葡萄がかわいそうだべ、って。――でもね、和馬さん。逆なんだわ」
「逆?」
「寒いほど、うまくなるのさ」彼女は丘の上の灰色の空を指した。「ここは昼と夜の気温の差が、なまら大きい。昼にたっぷり陽を浴びて糖をためて、夜にきゅうっと冷えて、それを逃がさない。寒暖の差が大きいほど――葡萄は色も甘みも酸も、ぜんぶぎゅっと濃くなるんだわ」
和馬は源蔵の言葉を思い出した。苦労した根が、土の滋味を吸い上げる。寒さもまた、葡萄を苦しめて美味くする。
「気候がね、ドイツやフランスのブルゴーニュに似てるって言われるのさ」杏子は誇らしげに言った。「冷たくて、痩せてて、葡萄が苦労する土地。――和馬さんの街の、石灰の土。冷える山。それ、ブルゴーニュと同じ顔してるかもしれんよ」
ブルゴーニュ。源蔵が白い息とともに口にした、あの名。石灰の土は酒の土だ、と。点と点が北の畑で、また一本繋がった。
「だども、ここまで来るのに苦労もあったんですわ」
夫の和也(かずや)が、ぽつりと言った。同じ「かず」を持つその男に、和馬は奇妙な親しみを覚えた。
「冬がしばれるからね。マイナス十五度、二十度になる」和也は寝かされた枝を見た。「ふつうの葡萄なら凍れて、枯れてしまう。樹が死ぬんですわ。――だから昔の人が、とんでもないことを考えた」
「とんでもないこと?」
「埋めるのさ。雪の中に。樹ごとすっぽり」杏子が引き取った。
和馬は目を見開いた。
「冬が来る前に垣根から枝を外して、地面に寝かせる。そんで雪が降ったら、そのまま雪の布団をかけてやるんだわ」杏子は地面の枝を愛おしそうに撫でた。「不思議だべ? 雪の中は外よりあったかいのさ。マイナス二十度の風から、ゼロ度くらいの雪の中へ。葡萄はぬくぬく眠って、春を待つ」
「外国のワインの先生が来るとね、みんなたまげるんですわ」和也がはにかんだ。「葡萄を雪に埋めるなんて、世界中ここらしかないからって」
和馬の中で、何かが静かに音を立てた。
埋める。隠す。一見、後ろ向きの非効率に見えるその一手が――極寒を生き延びる、ただひとつの知恵だった。まっすぐ立たせておけば枯れる。倒して埋めて守るからこそ、また春に立ち上がれる。
それは、和馬の故郷のあの線路と、同じ思想だった。
まっすぐ進めば街を貫いて出ていく。だからわざと頭から突っ込んで、折り返す。一見、無駄な後ろ向きのひと手間。けれどそれが街を終着駅にし、座って通える宝に変えた。
スイッチバック。北の葡萄もまた、後ろへ退くことで生き延びていた。
「うちの街にも、後ろ向きに走る電車があるんです」和馬は思わず呟いた。「みんな無駄だと思ってる。でもそれが本当は――街を生かしてた」
「あら」杏子は目を丸くした。それからふわりと笑った。「したっけ和馬さんの街と、うちの葡萄は気が合うわ。どっちも、いっぺん退いて強くなるんだもの」
「口で言うより、やってみるのが、いっとう早いべ」
和也が、和馬に軍手と、小さな移植ごてを手渡した。「せば、いっしょに埋めるべ。まだ半分、残ってるんだ」
和也について、畝のあいだにしゃがむ。垣根の針金から外され、地面に寝かされた一本の枝。その枝に触れる和也の手つきは、地上では見せなかった、確かな職人のものだった。
「こうやって、そうっと、たわめてね。折らんように」和也は、しなやかな枝を地面のほうへゆっくり導いた。「この子らは、夏じゅう上へ上へと伸びたがってた。それを冬の前に、いったん地面に寝かせてやる。プライドを、いっぺん下ろさせるみたいでね。……最初は、かわいそうで、しかたなかった」
和馬も見よう見まねで、一本たわめた。思いのほか枝はしなやかで、素直に地面へ身を伏せた。その上に和也が、ふわりと土をかけていく。和馬も続いた。冷たく湿った、北の土。それが枝を静かに覆い隠していく。
「不思議なもんでね」和也が手を動かしながら言った。「いちばん寒くて、暗いとこに埋めた子ほど、春にいっとう元気に芽を出すんですわ。守られてたぶん、力をためこんでるんだべね」
和馬は、土のついた手を見つめた。
立たせておけば折れる。倒して、隠して、守るからこそ、また立ち上がれる。その理屈を、いま、この手のひらの冷たい土の感触で、確かにわかった気がした。役所の椅子で書類をめくっているだけでは、たどりつけない知恵だった。土にしゃがんで、枝を寝かせて、初めて腑に落ちる。
「和也さん。あなた、畑に出ると、さっきと別人ですね」
和也は照れたように笑った。「……ここでだけは、妻に勝てるんですわ。醸造だけは、ね」
その声が、風の中で、少しだけ誇らしげだった。
「せっかく来たんだ。うちの、いっとう自慢のとこ、見てくべさ」
杏子に連れられ、醸造所の脇の、鉄の扉をくぐった。
石段を、地の底へ下りていく。ひやりとした空気が、頬を撫でた。下りきると、そこは洞窟のようだった。ごつごつした岩肌の壁。裸電球の、頼りない灯り。そして左右に、樽が――何十と、静かに眠っていた。
「熟成庫さ。年じゅう、ひんやり涼しくてね」杏子の声が、岩壁に低く反響した。「ここでワインを、何年も眠らせるのさ。暗くて、寒くて、なんもない場所で。――でもね、この暗がりの中で、ワインは、ゆっくり角が取れて、深くなっていくんだわ」
和馬は、ずらりと並ぶ樽を見渡した。
地の底の、暗く冷たい場所。そこで時間をかけて、眠って、強くなる。雪に埋められた葡萄と、同じだった。いや、それだけではない。折り返して沈み込むスイッチバックとも、眠れる七割五分とも、同じだった。
この旅で、和馬は三度、同じ知恵に出会っている。退くこと。沈むこと。眠ること。それは終わりではなく、次の春のための、力の溜め方だった。
「暗くて寒いのを、嫌がっちゃ、いい酒にならんのさ」杏子は、樽をひとつ、こんと叩いた。「じっと待てる者だけが、深い味に、なれるんだわ」
「よし。ここまで来たら、飲まねば、わからんべ」
地上のレストランに戻ると、大きなガラス窓の向こうに、寝かされた畑と、灰色の海が広がっていた。杏子が、一本のボトルを、和馬の前に置いた。
和也が、そっと栓を抜く。ぽん、と軽やかな音がして――白い泡が、ふわりと立った。
だが、グラスに注がれたそれは、白でも、ロゼでもなかった。
深い、ルビーの赤。その底から、細かな泡が、いくつも、いくつも、静かに立ちのぼっていく。
「赤の……スパークリング?」和馬は、目を瞠った。
「めずらしいべ?」杏子が、得意げに笑った。「泡といえば、白か、ロゼが、あたりまえさ。赤の泡は、なかなか、ない。手が、かかるからね。――でも、飲んでみな」
和馬は、一口、含んだ。
きめ細かな泡が、舌の上で、しゅわりと弾ける。その奥から、苺と、赤い果実の、凝縮した旨みが、ふわっと広がった。軽やかなのに、芯がある。祝いの華やぎと、北の土の記憶が、一杯の中に、同居していた。
和馬は、しばらく、言葉を失った。
――これだ。
紅金(くれないきん)。封筒の系譜の、三番目の金。それが、いま、赤い泡になって、舌の上で、跳ねていた。木金。白金。そして、この、燃えるように赤い、祝いの泡。
「ロゼの泡なら、世界じゅうに、いくらでもある」和馬は、グラスを見つめて、呟いた。「でも、赤の泡は、珍しい。――これなら、『安いから買ってください』じゃない。『これじゃなきゃ、駄目だ』って、言わせられる」
「よう、わかってるね」和也がめずらしく身を乗り出した。醸造の話になると、この男は人が変わる。「泡のワインはね、世界で白がだいたい八割。ロゼがここ何年かで伸びて、一割五分くらい。……赤は、たったの二分(にぶ)しかないんですわ」
「二パーセント……」和馬は繰り返した。
「理由は、はっきりしてる」和也が指を一本立てた。「泡の王様、フランスのシャンパンは、法律で白とロゼしか認められてない。だから世界一有名な高級スパークリングに、赤はいない。王者のいないジャンルなんですわ」
「王者が、いない」
「イタリアのランブルスコや、オーストラリアのスパークリング・シラーズくらいでね」和也は言った。「でも、それがクリスマスだの祝いの席だの、肉を囲む食卓じゃ、めっぽう愛されてる。すっきりした辛口から、果実味たっぷりの甘口まである。赤の泡は、地味な脇役なんかじゃない。まだ王様のいない、空っぽの玉座なんですわ」
空っぽの、玉座。
和馬の背筋を、電流のようなものが走った。
白でも、ロゼでもない。世界のたった二分の、けれど王者不在の、高級の空白地帯。そこへ、万能の石灰と冷える山が生む、たった一つの赤い泡で名乗りを上げる。安売りの土俵ではなく、まだ誰も座っていない王座を狙う。
高野の声が、よみがえった。安いほうやのうて、ええほうで、いちばんを取る。値段で選ばれたんと、ちゃう。これやないと、あかん、と選ばれたんや。
万能の紅金は、赤の泡でいく。 和馬の中で、街の旗が、一本、鮮やかな色に、染まった。
「このピノって葡萄は」和馬は、訊いた。「どんな土が、好きなんですか」
「石灰さ」杏子が、即座に言った。「水はけがよくて、痩せてて、根が苦労して深く潜る土。ブルゴーニュの、あの王様の畑も、石灰の土だべ」
和馬は、グラスを握りしめた。万能の、石灰の岩盤。冷える北の山。そこにこのピノを植えれば――万能で、紅金の、赤い泡ができる。源蔵の見た夢が、ただの夢でないことを、この北の畑が、一杯のワインで証明していた。
「でもさ、和馬さん。いっとう勇気が出るのは、こっからだわ」
杏子は、赤ん坊を背中であやしながら言った。
「うちらだって、最初から葡萄農家だったわけじゃ、ないのさ。和也は、東京でくたびれた勤め人でね」
「……はい」和也が、また首をすくめた。
「ワインが好きで、好きで。脱サラして、ここへ移ってきたんだわ。土地も、技術も、コネも、なんもなかった」杏子は笑った。「ふつうなら、ワインなんか造らせてもらえない。設備も、許可も、金もいるからね」
「でも、できた?」
「特区(とっく)っつうのが、できたのさ」杏子は、海のほうを見た。「国がここを、ワインの特区にしてくれてね。小さい造り手でも、ワインを造っていいよ、って、規制をゆるめてくれた。おかげで、うちみたいなちっこい移住者でも、自分の名前で一本出せるように、なったんだわ」
特区。規制をゆるめ、小さな者にも道を開く。それは、和馬が万能ファームのために、地域未来投資促進法で開こうとしている、あの水路と同じ思想だった。
「だども、いっとう困ったのは、金さ」和也が、ぽつりと言った。「葡萄を植えても、まともなワインになるまで、何年もかかる。その間、一円にも、ならん。畑と、この醸造所と、洞窟を作るのに――借金だらけで、夜も眠れんかった」
和馬の胸が、ちくりとした。ゆきの問いと、同じだった。実るまでの何年か、誰が金を出す。
「したっけね、いい手を、思いついたのさ」杏子が、にっと笑った。「『ワインの木の、オーナー制度』」
「オーナー制度?」
「畑の葡萄の木を、一本ずつ、都会の人に、オーナーに、なってもらうのさ」杏子は、窓の外の畑を指した。「年に、いくらか出してもらってね。かわりに、その木からできたワインを、毎年、届ける。畑に、名札もつける。――そうすりゃ、葡萄が実る前から、お金が入るべ。しかも、その人らは、もう、うちの仲間さ。毎年ワインが届くのを、楽しみに、待っててくれる」
和馬は、雷に打たれたように、動けなかった。
実る前から、支え手を、集める。ただの客ではなく、仲間として。それは、ゆきの「誰が金を出す」への、もうひとつの答えだった。ふるさと納税も、この「木のオーナー」も、同じだ。実りを、待ってくれる人を、先に、街ぐるみで、集めればいい。
「万能でも――やれる」和馬は呟いた。「葡萄の木に、畑の野菜に、街じゅうの作り手に。全国の応援したい人を、オーナーにする。実る前から、仲間を集める」
「そうそう。それさ」杏子は、深く頷いた。「ちっこいのは、弱いんでない。ちっこいから、その土地の味が、まっすぐ出るのさ。――うちらも、ずっと応援してるわ。なんなら、いつか万能まで押しかけて、手伝ってやるからね」
「あ、あの、俺も」和也が、慌てて付け足した。
「あんたは、剪定、もっと上手になってからだわ」
「……はい」
和馬は、声をあげて笑った。久しぶりに、腹の底から笑った気がした。
その晩、和馬は夫婦の家に泊めてもらった。
ストーブの上で鍋がことこと鳴り、赤ん坊が健やかな寝息を立てている。窓の外は、もう暗い雪原だった。
杏子が台所に立った隙に、和馬はそっと、上着の内ポケットの薄い電話を確かめた。
原沢から、短い文字が届いていた。
――県の基本計画、動き出した。誰かが上から押した。藤原か。……だが、川上も気づいた。
そして、もう一行。
――気をつけろ。お前の周りを嗅ぎ回ってる奴がいる。余市まで、ついて行ってないか。
和馬の指が、止まった。
窓の外の、暗い雪原に目をやる。国道のほうに、一台、車が停まっていた。ヘッドライトは消えている。誰も降りてこない。ただじっと、この家の灯りを見ているように。
藤原の言葉が、よみがえった。あなたが通ろうとしている水路は――その人が命を落とした水路です。
封筒の男。駅でひとり、冷たくなった連絡将校。事故として処理された、他殺。その同じ手が、いま、はるばる北の雪原まで伸びてきている。和馬が紅金に近づいた、ちょうどその時に。
「和馬さん? どうしたの、外なんか見て」
杏子のあたたかい声に、和馬は我に返った。窓の外をもう一度見ると――車は、もういなかった。気のせいだったのか。それとも。
「いえ。雪が、きれいで」和馬は微笑んで、ごまかした。
「したっけ、いっぱいお食べ。明日、帰るんだべ?」杏子は、湯気の立つ椀を、和馬の前に置いた。「街をよくするのって、葡萄と同じだわ。すぐには実らない。何年も世話して、待って。いっぺん雪に埋めて、守ってやって。――でも、ちゃんと春が来るからね」
和馬は、その椀のあたたかさを、両手で包んだ。
この旅で出会った人々が、皆、同じことを言っていた。気の長い話さ、と。植えた人間は、伐るところを見ちゃいねえ、と。一粒を土に返せば、万倍になる、と。そして今、いっぺん雪に埋めて守ってやれば、ちゃんと春が来る、と。
眠った山。眠った金。眠った土。眠った街。ぜんぶ、いま死んでいるのではない。雪の下で、暗い洞窟で、春を待っているだけだ。
翌朝、和馬は夫婦と赤ん坊に見送られて、畑を後にした。
杏子が別れ際、一本のボトルを、和馬の手に握らせた。あの、赤いスパークリング。北の、紅金。
「万能で葡萄ができたら――いっとう最初の一本、うちに飲ませてけれ」杏子は笑った。「待ってるからね。なんぼでも」
車を走らせながら、和馬は助手席のその一本を、ちらりと見た。深いルビーの中に、まだ、無数の泡が眠っている気がした。
西の吉野で、木の技を。北の余市で、酒の技を。眠った七割五分を起こす欠片が、また揃った。木の技。石灰の土。ピノの葡萄。赤い泡の旗。そして、実る前から仲間を集める、木のオーナー制度。
あとは――これを、万能のあの石灰の岩盤の上に、一枚の絵として描くだけだ。山も、木も、土も、葡萄も、人も、ぜんぶを束ねた、大きな設計図を。
だが和馬は知っていた。その絵を描こうとした瞬間に、昨夜のあの消えた車のような影が、必ず立ちはだかることを。封筒の男を消した、その手が。
みぞれが晴れ、雲の切れ間から、淡い光が北の海に差した。
和馬はアクセルを踏んだ。春は、ちゃんと来る。雪の下で、暗い洞窟で、待っている者のところへは。
(第9話 了)
音声解説
次話予告――第10話「七割五分のグランドデザイン」。西の木、北の葡萄。旅で集めた欠片を、和馬はついに一枚の絵に束ねる。山林と農地、七割五分の眠れる大地を「奥武蔵」の名のもとに甦らせる壮大な設計図。だがその絵を県へ届けようとした時、立ちはだかるのは「広すぎる土地」という呪いと――和馬を北まで尾けてきた、川上の見えざる手だった。
この記事をシェアする
ノグチ カズヒコ/51歳/男
ホーム>政党・政治家>野口 和彦 (ノグチ カズヒコ)>小説『スイッチバック』 第9話 北の葡萄