2026/7/21
日曜日から知立市議会議員選挙が始まり、かみや文明さんの応援に参じました。出発式は、候補の地元にある創建およそ千二百年の古刹・弘法山遍照院で行われ、おおぜいの方が参加されました。最近は「ゴリ弘」と名付けられた大きなゴリラのモニュメントでも話題の寺院ですが、その長い歴史と重みは今も変わることがありません。
私はこのたび初めて遍照院を訪れましたが、思いがけないご縁を感じました。というのも、私の地元・北区味鋺にも、創建千二百年を数える味鏡山天永寺護国院があります。私自身、檀家の一人として子どもの頃から親しんできましたが、一口に古刹といっても、およそ千二百年の歴史を持つ寺院は決して多くありません。そんな共通点に触れながら、改めて思ったことがあります。
両寺院はともに、弘法大師空海を開祖とする真言宗のお寺です。それぞれに語り尽くせない歴史があるのでしょうが、私が心を引かれたのは真言宗の歩みについてです。今では長い歴史を持つ伝統ある宗派ですが、お大師さんがその教えを広められた当時は、奈良時代以来の仏教とは一線を画す潮流でした。当時の仏教界に新しい風を吹き込む存在だったと言い換えてもいいでしょう。
しかし、その新しい教えは長い歳月の中で人々の暮らしに深く根づき、日本の文化や精神風土の一部となりました。どのような分野でも、当時は刷新であったものが、やがて伝統へと昇華していくことがあります。つまり、今日「伝統」と呼ばれるものも、かつては新しい挑戦だったということです。歴史を振り返れば、今日まで受け継がれてきた伝統の多くは、その時代ごとの創意工夫や挑戦の積み重ねによって形づくられてきました。
私は、この歩みの中に、政治のあるべき姿を見る思いがしました。古き日本の文化、歴史、地域に受け継がれてきた風景を大切にしながら、時代が求める新しい考えや技術は柔軟に取り入れていく。そのどちらか一方ではなく、伝統と改革を調和させる姿勢こそ、政治には求められているのではないでしょうか。伝統を重んずることは大切です。しかし、それだけでは社会は前へ進みません。一方で、新しいものだけを追い求め、先人が築いてきた価値を軽視すれば、社会の土台そのものが揺らいでしまいます。
伝統を尊重しながら、新しい知恵や技術を積極的に取り入れる。その調和を図り、社会をより良い方向へ導いていくことが政治に課せられた大切な使命です。歴史ある古刹を訪れ、今「伝統」と呼ばれるものも、かつては勇気ある「挑戦」だったのだと改めて感じました。未来の伝統もまた、今日の挑戦の中から生まれていくのではないでしょうか。
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ハットリ マサヤ/57歳/男
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