2026/6/16
立憲民主党の古賀千景参議院議員が、参議院決算委員会で「経済的に厳しい子が自衛隊に行く」と発言した。答弁に立った小泉防衛大臣は「事実誤認だ」と反論し、古賀議員は発言を撤回し、謝罪した。
私の事務所でインターンをしていた中にも、自衛官になった若者がいる。彼は貧困家庭の出身ではない。多くの選択肢がある中で、自らの意思で、国を守る道を選んだ。国防への理想を胸に任官し、いま海上自衛官として立派に職務を果たしてくれている。
高い志を持った若者の選択を後押しできたことを私は誇りに思っている。

自衛隊を志す理由は人それぞれだ。国を守りたいという思い。災害派遣で国民のために奮闘する自衛官への憧れ。技術を身につけたいという希望。もちろん、どの進路にも生活設計はある。
「経済的に厳しい子が行く場所」と一括りにするのは、あまりに一面的だ。何より、自衛官本人と、その道を志す若者への敬意を欠いている。
いま、なぜ防衛費を増額し、自衛隊を強靭化し、自衛官の処遇を改善する必要があるのか。戦争をするためではない。戦争を抑止するためだ。
日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。だからこそ、相手に「手を出せば高くつく」と思わせるだけの防衛力が必要になる。自衛官の処遇改善も、その土台である。
防衛力の強化に懸念を持つ国民がいることも事実だ。先日も、地元でそうした声を耳にした。そうした声にも、我々国会議員は丁寧に向き合わなければならない。
しかし、国民の代表として国会で発言する者は、自衛官に対する最低限の敬意を持つべきだ。
自衛隊は戦前の軍隊ではない。文民統制のもと、憲法と法律に基づいて行動する実力組織であり、他国に攻め入ることはない。災害派遣でも、国際任務でも、そして日々の国防の現場でも、自衛官は国民の命と暮らしを守るために任務を果たしている。
その現実を見ずに、自衛隊を過去の軍隊の影の中で語り続けるなら、安全保障政策は前に進まない。
政権を担うということは、国民の命を守る責任を引き受けることだ。自衛官に敬意を持ち、現実の脅威を直視し、戦争を抑止するための防衛力を整える覚悟を持たなければならない。
自民党にも課題はあるが、安全保障の現実から逃げず、自衛官に敬意を払い、戦争を抑止するための防衛力を整える責任は、我々が担わなければならない。
国を守る人を敬えない政治に、国を守ることはできない。
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ホーム>政党・政治家>細野 豪志 (ホソノ ゴウシ)>「国を守る人」を敬えない政治に、国は守れない――古い自衛隊観を問う