2026/3/11
3月11日
本日は東日本大震災から15年になります。
私は15年前、夫の転勤により千葉県我孫子市に住んでいました。震災当時、2歳の次女の手を引いて知り合いのマンションんを訪ねていました。
大きな振動と共に、道路にでると案内標識がみるみるひしゃげていく様子を見、「これはただ事ではない」と感じました。
小学生の長女を学校に迎えいく為に、次女の手を引き、通学路を歩きました。電車が止まったので夫は線路を上を歩いて帰ってきました。家族がそろってほっと安心したのを覚えています。あるご家庭は東京からご主人が7時間歩いて帰ってきたと聞きました。
余震が怖くていつでも逃げられるよう服を着たままリビングで家族全員で寝ました。
次の日、ガソリンスタンドには長蛇の列。水が止まったマンションの人たちが水を求め、スーパーも長蛇の列。買い物にいけば陳列棚は空っぽ。
そしてテレビに映る福島の被害…。
しばらくすると近所では、屋根瓦が落ち、ブロック塀が崩れ、家の中を走るひび割れ、そういう光景が見られました。
また、今後の生活の不安に対する声を聞きながら、災害の恐ろしさを味わいました。
私は今、市議会議員として、防災士として、災害対策は非常に重要だと感じています。
災害が起こってから、「こういう準備をしておけばよかった」「これが必要だった」と後悔することがないよう、平時の時こそ、防災グッズを確認しながら、いずれ起こる「もしも」に備えて頂きたいです。
↓どういうものを準備すればいいのか。こちらを参照ください
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ヒガシ ミナコ/55歳/女
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