2026/5/8
市川市民の皆さまに、いま本気で考えていただきたいことがあります。
それは、市川市議会の中に、難解な児童福祉法と児童相談所の本質を理解している議員がどれだけいるのかという問題です。
なぜ今、この話をするのか。
田中甲市長が2期目に向けて、中核市移行への意欲を明確に示したからです。報道では、田中市長が「市川市を次のステージに進めたい」と述べ、中核市移行への意欲を示したとされています。
これは単なる行政改革ではありません。
市川市が、千葉県任せにしてきた重い行政権限を、自ら引き受けるかもしれないという話です。
その中でも、最も慎重に議論しなければならないのが、児童相談所です。
児童相談所は、名前だけ聞けば「子どもを守る福祉機関」に見えます。
しかし、児童相談所は、単なる相談窓口ではありません。
子どもを一時保護する。
親子を分離する。
施設入所につなげる。
家庭に強く介入する。
子どもの生活、学校、家族関係、人生そのものに重大な影響を与える。
つまり、児童相談所は、福祉の名を掲げながら、極めて強い実力行使を伴う行政機関です。
児童福祉法第12条は、「都道府県は、児童相談所を設置しなければならない」と定めています。つまり、千葉県は昭和22年に作られた児童福祉法の枠組みの中で、法律上、児童相談所を設置し、運営してきた自治体です。
一方で、中核市や児童相談所設置市には、都道府県が処理する児童福祉関連事務を担う道も開かれています。
だから、市川市が中核市化を目指すということは、いずれ児童相談所の設置や管理について、市議会で本格的に議論する局面が来るということです。
ここで問われるのは、市議会の知識です。
児童相談所を「虐待から子どもを守る機関ですね」程度の理解で議論してよいのでしょうか。
私は、絶対にだめだと思います。
ここで、児童相談所制度の出発点を見なければなりません。
児童相談所を「戦後の混乱期に子どもを保護するために作られた制度」とだけ説明すると、かなり重要な本質が抜け落ちます。
もちろん、戦後の都市には、戦災孤児、浮浪児、家出児、非行児童が多数いました。
しかし、当時の行政が見ていたのは、単なる「かわいそうな子ども」だけではありません。
駅や市場、地下道に集まる子どもたち。
親を失い、家を失い、食べるために盗みを働く子どもたち。
都市の治安や秩序を乱す存在と見なされたストリートチルドレン。
この子どもたちを、行政は街から排除しようとしました。
戦後の浮浪児対策では、実際に「狩り込み」と呼ばれる保護収容が行われました。昭和館の資料でも、戦災で身寄りを失った子どもたちは「浮浪児」「駅の子」と呼ばれ、政府が戦災孤児の保護収容を行い、その保護収容は「狩り込み」と呼ばれ、トラックに乗せられて保護施設へ送られたと記録されています。
また、上野では戦災孤児の「保護収容」「狩り込み」がたびたび行われ、浮浪児はトラックに乗せられて各収容施設に送られたことも記録されています。
これは、現代の感覚で見れば、子どもの人権を尊重した福祉とは到底呼べません。
むしろ、治安を乱す存在と見なされたストリートチルドレンを、野犬狩りのように街から排除し、施設へ収容する行政実務でした。
ここで重要なのが、刑法41条です。
刑法41条は、「十四歳に満たない者の行為は、罰しない」と定めています。つまり、14歳未満の子どもが、食べるために盗みを働いたとしても、刑罰で処罰することはできません。
ここに、当時の治安維持側から見た「穴」がありました。
警察や刑事司法では処罰できない。
しかし、駅や市場に子どもたちが集まり、盗みや物乞いをする。
都市の治安や景観の問題として、行政や警察はこれを排除したい。
そこで使われたのが、「福祉」や「保護」という言葉でした。
児童福祉法は、単に「子どもを守るための優しい法律」としてだけ作られたわけではありません。
戦後の都市にあふれたストリートチルドレン、浮浪児、非行児童、食べるために盗みを働く子どもたちを、行政が街から排除し、施設に収容するための根拠法としても機能してきました。
そして、その執行機関として児童相談所が置かれました。
ここを忘れてはいけません。
児童福祉法は、強制収容という実力行使の根拠法としての顔を持っています。
児童相談所は、その執行機関として自治体に設置を義務付けられた機関です。
そして、もっと重大なのは、この法構造が過去の話で終わっていないことです。
現在の児童福祉法にも、児童相談所長が「必要がある」と認めるとき、一時保護を行うことができるという仕組みが残っています。
つまり、戦後の浮浪児対策、治安維持的発想、14歳未満を刑事処罰できない穴を福祉で埋める構造は、完全に過去のものになったわけではありません。
形を変えながら、今も条文と運用の中に生きています。
ここで、現在も使われている「一時保護」という言葉を考える必要があります。
「一時保護」と聞くと、子どもを一時的に安全な場所へ避難させる、柔らかい制度のように聞こえます。
しかし、その歴史的出発点を見れば、まったく違う顔が見えてきます。
一時保護とは、ストリートチルドレンを強制的に収容してきた制度を、柔らかい言葉に置き換えたものにすぎない側面があります。
言葉は柔らかくなりました。
しかし、法構造の本質は変わっていません。
児童相談所長が「必要がある」と判断すれば、子どもを家庭や地域から切り離し、一時保護所や施設へ移すことができる。
問題は、その条文が、子どもを収容される側の権利主体として十分に扱っていないことです。
刑事手続であれば、身体拘束には厳しい手続保障があります。
犯罪の疑いをかけられた大人であっても、黙秘権、弁護人選任権、令状主義、接見交通権など、国家権力から身を守るための仕組みがあります。
ところが、児童相談所の一時保護ではどうでしょうか。
子どもが突然一時保護される。
親と会えなくなる。
学校に行けなくなる。
外部と連絡できなくなる。
理由が十分に説明されない。
行政の判断が密室で進む。
これほど重大な不利益があるにもかかわらず、子ども本人が外部へ自由に助けを求める仕組み、保護の必要性を実効的に争う仕組み、第三者が直ちに子どもの声を聞く仕組みは、国の制度としてはあまりに弱いのです。
これは極めて異常です。
犯罪者よりも、子どもの方がひどい扱いを受けてよいはずがありません。
本来、子どもこそ最も丁寧に扱われるべきです。
子どもこそ、最も慎重に権利を守られるべきです。
子どもこそ、行政の密室判断から守られなければなりません。
にもかかわらず、児童福祉法の条文は、子どもを権利主体として守る発想が弱いままです。
「一時保護」という言葉にだまされてはいけません。
実態は、子どもの身体の自由、親子関係、通学、生活環境を行政判断で大きく制限する制度です。
だからこそ、市川市が児童相談所設置を議論する可能性がある今、市議会はこの制度の歴史と法構造を理解しなければなりません。
児童相談所を持つということは、相談窓口を作ることではありません。
子どもを強制的に収容できる権限を、市川市が持つということです。
その重さを理解しないまま、児童相談所設置を議論してはいけません。
ここで非常に重要なのが、明石市の先例です。
明石市では、兵庫県から児童相談所機能を移管し、明石こどもセンターを設置しました。そして、国の制度の欠陥をそのまま受け入れるのではなく、独自に子どもの権利を守る仕組みを導入しました。
明石市の「こどものための第三者委員会」は、明石市こどもセンターが子どもを一時保護した際に、第三者委員が中立の立場で子どもと面会し、子どもの意見や気持ちを聞き取って、明石こどもセンターに伝える仕組みを持っています。さらに、一時保護の継続、面会通信制限、通学制限の妥当性について調査し、意見を述べる制度もあります。
また、明石市の資料でも、一時保護された全ての児童と第三者委員が速やかに面会し、子どもの声を聴き、必要に応じて明石こどもセンターへ意見を通知する仕組みが示されています。
これが本来の地方自治です。
国の制度が不十分なら、自治体が補う。
法律が子どもの声を十分に拾わないなら、自治体が聞く仕組みを作る。
児童相談所の密室判断が危険なら、第三者の目を入れる。
子どもの不利益を見えなくするのではなく、見えるようにする。
泉房穂市長時代の明石市は、まさにこの方向へ踏み込んだのです。
市川市が児童相談所を持つなら、千葉県児相の仕組みをそのまま引き継ぐだけでは意味がありません。
市川市が目指すべきなのは、単なる「市川市版の県児相」ではありません。
市川市が目指すべきなのは、子どもの権利を本当に守る、外部検証可能な児童相談所です。
そのためには、市議会で次のような質問が必要になります。
市川市が児童相談所を設置する場合、一時保護された子どもの声を誰が聞くのか。
一時保護の妥当性を、児相内部ではなく第三者が確認する仕組みを作るのか。
面会制限、通信制限、通学制限は、どのように記録され、検証されるのか。
誤認保護が起きた場合、子どもと家庭をどう救済するのか。
県児相から引き継ぐ職員、ノウハウ、運用の中に、改善すべき問題はないのか。
市川市は、明石市のように国の制度の欠陥を補う独自制度を導入するのか。
こうした質問ができる市議が、市川市議会にどれだけいるでしょうか。
児童相談所を理解しないまま、中核市化だけを語ることは危険です。
中核市化は、権限を得る話です。
しかし、権限には責任が伴います。
特に児童相談所の権限は、子どもの人生を左右するほど重いものです。
だからこそ、市民も学ばなければなりません。
市議も学ばなければなりません。
行政も、児童相談所を聖域にしてはいけません。
市川市の子どもを本当に守るために必要なのは、児童相談所を盲信することではありません。
児童相談所を、透明で、検証可能で、子どもの声を聞き、間違えたときに責任を取る行政機関へ変えることです。
市川市が本当に「次のステージ」に進むなら、まず問われるのは、市議会と市民の理解です。
児童相談所を議論できる市川市へ。
そのための学びを、ここから始めましょう。
最後に、お知らせです。
児童相談所問題について長年調査・発信を続けてきた、たかさんが、市川市の東部公民館で勉強会を開催します。
日時:2026年7月25日(土)13時〜15時
場所:市川市 東部公民館 第1会議室
テーマ:児童相談所をめぐる法律・制度・運用の問題点

当日は、前半の約1時間で、児童相談所をめぐる法律、制度、運用の問題点について、たかさんが分かりやすく解説します。
後半の約1時間は、参加者同士の交流、意見交換、個別相談の時間とする予定です。
児童相談所をめぐる法律や制度について知りたい方。
市川市が中核市化を進める中で、児童相談所設置について市民として考えたい方。
子どもの権利、親子分離、一時保護、行政の透明性について学びたい方。
実際に児童相談所対応で悩んでいる方。
ぜひご参加ください。
児童相談所を正しく理解する市民が増えれば、市議会での議論も変わります。
市議が質問できるようになり、行政も説明責任から逃げにくくなります。
市川市が児童相談所を持つかもしれない今だからこそ、私たち市民が学び、考え、声を上げる必要があります。
児童相談所を議論できる市川市へ。
そのための学びを、ここから始めましょう。
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