2026/5/11
福島県の磐越自動車道で発生した部活動遠征中のバス事故の報道を見て、改めて考えさせられることがあります。
それは、日本の部活動が、長年にわたり「顧問の熱意」「献身」「自己犠牲」によって支えられてきたという現実です。
休日も引率し、早朝から夜まで指導し、遠征の手配をし、保護者対応をし、時には自ら車を出し、自腹を切りながらチームを支える。そうした姿は、これまで“美談”として語られてきました。
しかし、その構造は本当に持続可能だったのでしょうか。
部活動には、本来なら専門的に担うべき業務が数多く存在します。安全管理、会計処理、保険、危機対応…。それらを、本業である授業や生徒指導を抱えた教員が、ほぼ無償に近い形で担ってきたのが現実です。
そして、自腹と善意に依存する仕組みは、どこかで必ず限界を迎えます。
「子どものためだから」
「昔からこうだったから」
「熱心な先生ほど頑張るものだ」
そうした空気の中で、無理が積み重なり、リスクが見過ごされます。結果として、事故や不祥事、教員の疲弊につながっていく。
もちろん、現場の先生方を責める話ではありません。むしろ逆です。ここまで日本の部活動を支えてきた先生方には、本当に頭が下がります。
だからこそ今、進められている「部活動の地域移行」が、この問題の解決になるのかを考える必要があります。
確かに、教員の負担軽減という意味では、地域移行には大きな意義があります。専門指導者を活用し、教員が休日返上で引率し続ける構造を変えていく方向性自体は、避けて通れないでしょう。
しかし一方で、「学校の外に出せば解決する」というほど単純な話でもありません。
地域側にも人材不足があります。指導者の確保、安全管理責任、移動手段、保険、事故時対応、費用負担…。結局は、誰かの善意や低報酬に依存してしまえば、問題の構造は変わりません。
特に地方では、地域クラブを支える担い手そのものが限られています。結果として、競技できる種目が大幅に減るという懸念があります。
また、地域移行によって、家庭の経済力による格差が拡大する懸念もあります。これまで学校教育の一環として比較的低負担で参加できていた活動が、「月謝制」「送迎前提」になれば、参加できない子どもも出てくるかもしれません。
「お金がないとスポーツができない社会」になれば、それは本来の教育の姿なのかという議論も必要です。
子どもたちに安全管理をどう制度化するか
責任を誰が負うのか
適切な対価をどう支払うか
持続可能な運営体制をどう作るか
部活動は、子どもたちにとってかけがえのない経験です。だからこそ、「誰かの犠牲」で成り立つ仕組みのままでよいのかを、社会全体で考え直す時期に来ているのではないでしょうか。

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