2026/7/9
ワシントンD.C.のリンカーン記念堂前にある反射池が、緑色に変色してしまったという報道に接しました。トランプ大統領の指示で、星条旗をイメージした青色に塗装し直したところ、思わぬ不具合が生じ、このような結果を招いてしまったとのことです。
折しもアメリカは先日、建国250周年を迎えました。私が子どものころ、今から50年前の建国200周年の際にも盛大な記念式典が催されました。当時、私はまだ小学生でしたが、大統領がフォード氏だったことは今でも記憶しています。子ども心にも、アメリカの勢いや国力の大きさを感じたことを覚えており、それから半世紀が過ぎたかと思うと、実に感慨深いものがあります。
その一方で、当時、多くの人々が憧れや敬意を抱いたアメリカの姿と、今日のアメリカを重ね合わせて、「民主主義のあり方そのものが変容しつつあるのではないか」との指摘も聞かれるようになりました。トランプ大統領が再び政権に就いて以降、その強硬な政治手法が一層前面に出てきたように感じます。時には、法の支配との緊張関係を生じさせかねない判断を大統領が示し、それに対して司法が否定的な判断を下す。そうした場面も見受けられます。
大統領がイランを日本と呼び間違えたことなどはさておくとして、かつて民主主義のお手本とも称されたアメリカ合衆国において、このような状況が生まれるとは、多くの人が想像していなかったのではないでしょうか。私はアメリカ市民ではありませんから、その内情は外から推し量ることしかできませんが、それでも今回の反射池の「変色」という出来事を知り、アメリカ民主主義の姿と重ね合わせてしまいました。
民主主義とは完成された制度ではありません。ですから、そのしくみや装置は国柄によって違っていてもかまわないと思いますし、議論の末に変えることも可能でしょう。しかし、違うことや変化を受け入れることと、その本質を失うことは決して同じではありません。法の支配、権力の抑制、異なる意見を尊重する寛容の精神――そうした民主主義の土台まで変質させてしまえば、民主主義は、仮にその名を残していたとしても、中身は別のものへと変わってしまいます。
他国の出来事ながら、民主主義という普遍的な価値を共有する一人として、その行方を静かに、そして強い関心をもって見守っていきたいと思います。
反射池の水は、早晩、美しさを取り戻すことができるはずです。しかし、民主主義という名の「水」が、ひとたび濁ってしまえば、それを取り戻すには、はるかに長い道のりと、多くの人々の不断の努力が必要になるでしょう。それは、人類が長い歳月をかけて民主主義を勝ち取り、守り育ててきた歴史そのものが何より雄弁に物語っています。
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ハットリ マサヤ/57歳/男
ホーム>政党・政治家>はっとり 将也 (ハットリ マサヤ)>水面(みなも)に映る民主主義