2026/4/27
「磨崖の里 大島石仏山」を訪れて、私が強く心に残ったのは、石仏そのものの大きさだけではありません。
それ以上に印象的だったのは、この場所を長い年月をかけて整備してこられた、上天草市出身の大島静喜さんの思いです。
現地では、大島さんご本人が来場者に向けて、この庭園に込めた思いを語っておられました。
巨大な石仏を前にして、そのお話を聞くと、ここは単なる庭園ではなく、大島さんの人生の歩みそのものが込められた場所なのだと感じました。
新聞記事によると、大島さんは、大分県の日田石仏や中国河南省の龍門石窟に感銘を受け、現代の日本で巨大石仏を造ってみたいという思いから、この庭園づくりを始められたとのことです。
その年月は、約40年。
40年という時間は、言葉にすると短く聞こえるかもしれません。
しかし、実際に現地で石仏を見上げると、その長さと重みが胸に迫ってきます。

一つの思いを持ち続けること。
時間がかかっても、少しずつ形にしていくこと。
自分の力で、ふるさとに何かを残そうとすること。
これは、本当に簡単なことではありません。
門の扉には、これまでの整備の歩みが写真とともに紹介されていました。
完成した姿だけでなく、その途中の記録を見ることで、この場所が一朝一夕に生まれたものではないことがよく分かります。
石仏の迫力はもちろんですが、私はむしろ、その背景にある「続ける力」に心を動かされました。
まちづくりも、同じなのだと思います。
すぐに結果が出ることばかりではありません。
けれど、誰かが思いを持ち、行動し、続けることで、少しずつ形になっていくものがあります。

大島静喜さんの取り組みは、上天草市出身者による大きな挑戦であり、ふるさとへの深い思いが形になったものだと感じました。
こうした人の物語は、地域にとって大切な財産です。
上天草には、海や自然だけでなく、こうした人の思いから生まれる力があります。
そのことを、現地で改めて感じました。
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ナニカワ マサヒコ/54歳/男
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