2025/11/18
先日、泉谷閑示氏の『「自分が嫌い」という病』(幻冬舎新書)を読んで、非常に感銘を受けたので紹介したいと思います。氏は精神科医ですが、「なぜ自分が嫌いになってしまうのか」について、子どもにとって親は神の様な存在であり、親と自分の不調和の関係について親を疑う発想が芽生えないゆえに、「きっと自分が悪いのだろう」と親を否定できず、自分を否定してしまう子どもになると述べます。一度思い込んでしまった自己否定は、自分が関わるすべてをマイナスに解釈させるような認識上の引力を発生させるといいます。
氏は、「家庭という密室」でロゴス(人間が人間たる前提として共有しているもの)なき親によって施されてしまった洗脳の問題は、そのままアルゴリズムによって偏向した情報が集約されて配信される「SNSという密室」で生じる洗脳的な作用の問題とまったく同じ構造であることに、私たちは自覚的でなければならないといいます。ロゴスなき人々は、その自閉的性質により自分の考えを絶対視する傾向が強いので、迷いなく揺るぎない主張を繰り広げることが得意で、その力強い語り口は、ともすると人々にカリスマ的な魅力として映ることがあり、情報の洪水の中で判断力がうまく機能しなくなっている状態の人ほど「きっとこの人物なら何か大きな変革を成し遂げてくれるだろう」と期待し権力を与える行動をとってしまうと述べます。
またロゴスなき人々は自閉的思考により、人間はゲームの駒のごとく捉えられ、ゲームの様な人為的仕掛けを解明することができれば、すべての事象が把握できるはずだと信じ込んでおり、そしてかれらのビット数の少ない認識によって、世界は容易に悪と正義の二つに分けられ、対立や分断が生み出されることになるといいます。自閉化する中で、私たちはそれぞれ個人レベルでロゴスある知性を守らなければならないと警告しています。
この書を読み、SNSは情報をあらゆる人に伝えることのできる優れたツールであると感じますが、その一方で氏が述べるように、「正義と悪」「対立と分断」を生みやすく、現在の日本、世界の政治に大きな影響を与えていることも事実であると考えます。それらを踏まえ、SNSの向こう側にいる相手の顔をしっかりと認識し、情報を発信していかなければならない、また政治家としてどこまで行っても「大衆のため」という原点を胸に、SNSにも取り組んで行かなければならないと考えます。
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