2026/5/9
今、茅ヶ崎のサザンビーチが見えるレストランにいます。
目の前に広がる海。明るい太陽。おしゃれな街並み。サーフボードを抱えた人たち——。
「湘南、やっぱりいいな」と素直に思っています。
今日は——この場所から、正直に加須市のことを考えてみます。
湘南の「明るさ」は本物だ
認めます。
茅ヶ崎は——明るい。
街が明るい。人が明るい。ビーチが明るい——全てが「陽」のエネルギーに満ちています。
サーフィンを終えた人が、日焼けした笑顔でビーチを歩いている。カップルが海を見ながらコーヒーを飲んでいる。子どもたちが波と遊んでいる——。
「ここに住んでいる人たちは、毎日こんな景色を見ているのか」——そう思うと、正直羨ましくなります。
見晴らしのいいレストランから海が見える——この体験は、加須市では味わえません。
加須市の駅前に、海が見えるレストランはない。そもそも、見晴らしのいいレストランが——皆無です。
これは正直に認めなければなりません。
加須の駅前との、正直な比較
茅ヶ崎のサザンビーチ周辺——カフェ、レストラン、サーフショップ、おしゃれな雑貨店——人が集まる「核」が、自然に形成されています。
「ここに来たくなる理由」が、いくつもある。
一方——加須駅前。
シャッターが下りたままの店舗。人通りが少ない。「ここに来たくなる理由」が、見つかりにくい——。
この差は——正直、大きい。
「加須市の駅前に活気がない」——これは感情論ではなく、現実です。茅ヶ崎のサザンビーチに来て、改めてその現実を突きつけられました。
でも——一つ気づいたことがある
茅ヶ崎の人たちを見ながら——一つ気づいたことがあります。
「湘南の人たちは、ギラギラしている」
悪い意味ではありません。でも——エネルギーが強い。自己主張が強い。「俺はこういう生き方をしている」というアピールが、自然と滲み出ている。
湘南のライフスタイルは——「見せるライフスタイル」です。
おしゃれなサーフボード。日焼けした肌。海沿いのカフェでMacBookを開く姿——これらは「湘南らしい生き方をしている自分」を表現するための「道具」でもある。
加須の人は、落ち着いている
翻って——加須市の人たちを思い出します。
加須の人は——落ち着いています。
自己主張が強くない。ギラギラしていない。「こういう生き方をしている俺を見てくれ」という感じがない——。
最初は「加須の人は地味だな」と思うかもしれません。
でも——付き合ってみると、温かい。深い。「この人、信頼できるな」という感覚が生まれる。
湘南の人との会話は——華やかで刺激的。でもどこかに「表面的な明るさ」を感じることがある。
加須の人との会話は——派手さはないけれど、本音で話してくれる感じがする。
「ギラギラした湘南人より、落ち着いた加須人の方が、長く付き合えるな」——サザンビーチのレストランで、そんなことを考えていました。
「明るさ」と「落ち着き」——どちらが豊かか
湘南の「明るさ」と、加須の「落ち着き」——どちらが豊かな人生を作るのか。
正直に言います。どちらが上でも下でもありません。
でも——AGI時代という観点から考えると、興味深いことがあります。
AGIが発展して、競争が激化して、情報が溢れる時代——「ギラギラした明るさ」は、消耗していくかもしれません。
「見せるライフスタイル」より「本物の豊かさ」——SNSで映えるライフスタイルより、本当に心が満たされる生活——この価値が、AGI時代に上がっていく気がします。
渡良瀬遊水地の夕暮れを、誰かに見せるためではなく、自分のために楽しむ——加須の「落ち着き」の中にある豊かさが、AGI時代に輝くかもしれません。
「見晴らしのいいレストラン」は作れる
茅ヶ崎のサザンビーチが見えるレストラン——この景色を見ながら、一つのことを考えていました。
「加須市に、見晴らしのいいレストランを作れないか」
海は——ない。でも加須市には、渡良瀬遊水地があります。
渡良瀬遊水地が見えるレストラン——葦原が広がる絶景。夕暮れ時の空の美しさ——これは湘南の海とは違う美しさですが、本物の絶景です。
「渡良瀬遊水地が見えるテラスレストラン」——これが実現したとき、加須市に「来たくなる理由」が一つ生まれます。
湘南の「海が見えるレストラン」に対抗できる——「渡良瀬遊水地が見えるレストラン」。
これは夢物語ではありません。景色はすでにある。あとは——「場所を作る」だけです。
湘南と加須——どちらに住みたいか
正直に答えます。
20代なら——湘南に住んでみたい。あの明るさ、エネルギー、刺激——若いうちに経験する価値がある。
40代の今——加須市の方が、自分に合っている気がします。
落ち着いた人間関係。自然の豊かさ。本物の食。ギラギラしない生活——これらが、今の自分には心地いい。
「湘南は、たまに来る場所。加須は、毎日帰る場所」——これが正直な気持ちです。
有楽町のテラス、銀座のカフェ、神奈川のサザンビーチ——都会や湘南のいい場所に来るたびに、「でも加須に帰りたい」という気持ちが生まれる。
これが——「加須が落ち着く」ということなのかもしれません。
おわりに
茅ヶ崎のサザンビーチから——加須を想いました。
湘南の明るさは本物。加須の駅前の活気のなさも現実。でも——加須の人の落ち着きと温かさも本物。
「明るい街」と「落ち着いた街」——どちらが良いかではなく、どちらが「自分らしい生き方」に合っているか。
そして——加須市に「見晴らしのいいレストラン」を作る夢を、サザンビーチのレストランで見ていました。
渡良瀬遊水地が見えるテラスで、北川辺米を使った料理を食べながら——「加須、いいな」と思える日を作りたい。
湘南はいい。でも——加須も、まだ本気を出していないだけです。
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オオサワ アツシ/46歳/男
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