2026/7/8
<70年前の永和地区は何故佐屋町を選んだのか?(愛西市)>
画像は、GoogleMapを引用した当時の旧役場の位置です。
永和地区は、なぜ佐屋町を選んだのかの一つの理由がここにあります。
旧永和村役場からは、旧佐屋町役場と旧蟹江町役場は約1.5倍ほど離れていて、かつ佐屋には善太川の細い部分を渡るが、蟹江へは堤防が高い日光川・蟹江川を渡ることになります。
やはり川を渡るというのが、大きなネックになったと思われます。
現在は、蟹江町役場は蟹江側の西側に移転し、県道29号線に観音寺橋が出来たため非常に近くなりました。
消防・警察もどちらも到着時間が1/3より少なくなっています。
やはり、永和地区は生命・財産を守るために蟹江町に編入することを考える必要があります。
皆様からのご意見をお待ちしております。

この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>立松 正光 (タテマツ マサミツ)><70年前の永和地区は何故佐屋町を選んだのか?(愛西市)>画像は、GoogleMapを引用した...