2026/7/15
雨天の友とレリジエンス
明治大学 雄辯部の先達である三木武夫の言葉とされるものに「雨天の友」があります。
三木は総裁選出馬時に「晴天の友もあれば、雨天の友もある」と語りました。
晴れている時にはおのずと人は集まるが、雨降り止まぬとき、誰もが離れる苦境に支えてくれる友こそ大切にしたいとの意です。
先日に「雨天の友」について考える機会がありました。同門の先達の会のお手伝いをさせていただきました。兎角浮き沈みが激しい政治の波の中で今なお激流と戦っている先輩です。
苦境の最中でなお、多くの志を同じくする仲間、党派や世代を超えた応援団が集まる素敵な会でした。折しも激しい雨天の開催にも関わらず多くの方が集まり、「雨天の友」がこんなにもいらっしゃることがとても嬉しく感じられました。
同時に、自分自身は誰かの「雨天の友」たりえているだろうか、雨の中でも走って駆けつけられるだろうか、考えてしまいました。誰かを救う、手を差し伸べるには自分自身の自律とこころとからだの平穏が不可欠です。
今年は5月末まで勢いで走ってきてしまいました。途中何度も転んで痛い目を見て、その度に多くの助けに支えられましたが、後悔と反省の多い上半期でした。下半期はレリジエンスをすすめ、こころとからだのコンディションをしっかり整えていく時期にしていきます。
いつも誰かの苦境に躊躇なく手を差し伸べるられる強靭さとやさしさを備えられるよう、自己成長を挑んでいきます。
写真は赤坂のソルロンタンです。以前に連れてきてもらってから折を見て食べにきています。いつもこれを食べる時は迷い悩みながらの最中にいます。いつか、笑って素直に食べれる日が来るよう、めげずにもがき足掻いていきます。
今日も頑張ります

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