2026/7/31
2027年3月31日までに400冊読む修行🏋️♀️
現在 344/400冊
題名 『カント『純粋理性批判』入門』
所感「前提として、人は全ては脳内のイメージで世界を見ている。しかし、日常的に世界は形として情報として存在しており、その脳内イメージと世界を我々は共有できる。なぜ共有できるのかと言えば、時間と空間という枠と、原因と結果などのカテゴリーが人間に共通する前提として組み込まれているからだと感じた。」
📘本の概要📘
本書がくわしく書いているのは、カントが1770年から1781年までの約10年間、ほとんど本を出さなかった時期のことです。この時期は沈黙の10年と呼ばれています。カントは1724年にケーニヒスベルクで生まれ、1770年に45歳でケーニヒスベルク大学の正教授になりました。そのときに書いた就職論文が、感性界と知性界の形式と原理という論文です。この段階のカントは、人間の知性は物自体、つまり人が見る前の世界そのものを、直接とらえることができると考えていました。
ところが、この論文を受け取った当時の有名な学者から、批判の手紙が届きます。ランベルトは1770年10月13日に、変化が実在するなら時間も実在するはずだと書きました。メンデルスゾーンは同じ年の12月25日に、時間が主観的なものだという意見には賛成できないと書きました。カントはこの2通に返事を書きませんでした。そして1771年6月7日、マルクス・ヘルツにあてた手紙で、感性だけでなく悟性も人間の心の主観的な原理であって、直接に対象と関係するものではない、という洞察を得たと報告します。感性とは、簡単に言うと見たり聞いたりして受け取る力、悟性とは、簡単に言うと受け取ったものを考えて整理する力のことです。批判された点をかばうどころか、カントは逆の方向へさらに進んだわけです。
1772年のヘルツあての手紙では、自分にはまだ本質的なものが欠けていた、それは形而上学(簡単に言うと、目に見えないものの根本を考える学問)のすべての秘密を解く鍵だと告白しています。その鍵とは、私たちの内部で表象、簡単に言うと心に浮かぶ像と呼ばれているものが、対象に関係するのはどんな根拠に基づくのか、という問いでした。さらに1775年のデュイスブルク遺稿集では、感性に与えられたばらばらの内容が、悟性の働きによって普遍的な規則のもとに置かれて初めて客観的なものになる、と書いています。ここで現象、簡単に言うと人間の枠を通して現れた世界、という考え方が固まりました。
この10年で何が変わったのか。本書はそれを、真理の根拠を神から人間へ奪い取ったこと、と表現しています。それまでの考え方では、感覚や経験から得られる認識は見せかけにすぎず、真理は純粋な悟性と理性のうちにだけある、とされていました。カントはこれをそっくり裏返し、純粋な悟性や理性だけで物を知ろうとするほうが見せかけであって、真理は経験のうちにこそある、と述べました。真理は高い塔の中にあるのではなく、経験という実りゆたかな低地にある、というのがカントの言い方です。
本書を読むと、1781年の完成品だけを見ていては分からないことが見えてきます。カントが当然のこととして説明しない前提は、もともと持っていたものではなく、この10年をかけて手に入れたものだったのです。
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【ルール】
①本の読み返しOK(カウントは2回まで)
②挫折禁止の為、宣言と公開
#大和市 #大和市議会 #星野翔 #黒崎政男 #講談社

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