2026/5/15
「将来の子どもたちに、なるべく負担を残したくない」
これが、私が市議会議員になった一番の動機です。
平成7年生まれ、30歳。4年前に市議会議員になりました。「若いね」とよく言われます。本人としては、若さより中身で見てほしいという気持ちもあるんですが(笑)、30代の視点で市政を見ることには意味があると思っています。
■ Uターンして、気づいたこと
米子で育って、進学を機に京都へ出ました。そのまま都市部で働く選択肢もあったんですが、Uターンして地元に戻ることにしました。
地元に戻って、まちづくりの仕事に関わりながら、米子の現状と将来を肌で感じるようになりました。人口が減っていく。施設が老朽化していく。財政的な問題が積み重なっていく。「このままでいいのか」という不安が、正直ずっとありました。
同時に、「自分の子どもや、これから生まれてくる世代に、なるべく重い荷物を背負わせたくない」という気持ちが強くなっていきました。それが、出馬を決めた理由です。
「政治に興味があったの?」とよく聞かれます。正直に言うと、もともと議員になりたかったわけじゃなかった。でも、まちに関わる仕事をしていくなかで、「もっと直接的に動ける立場が必要だ」と感じるようになっていったんですよね。
■ 3つのテーマで活動しています
議員として4年間、現場主義を大切にしながら活動してきました。地域を回って、市民の皆さんの声を直接聞くことを続けています。活動の軸は大きく3つです。
一つ目は「子どもを迎えられる街」。子育て環境の整備、不妊治療支援、教育における探求学習の充実など、「安心して子どもを産み育てられる米子」を目指しています。私自身も子育て中なので、「こんな支援があったら助かる」という実感を持ちながら動けているんですよね。
二つ目は「地域の営みを支え、挑戦を応援する街」。「ショート米子」とも呼ばれる商業都市として発展してきた米子の強みを活かしながら、商店街の活性化や皆生温泉の再興にも関わってきました。既存のものを大切にしながら、新しい挑戦を応援する文化を作りたいと思っています。
三つ目は「安心して暮らせる街」。災害への備え、障害のある方や医療的ケアが必要な方へのサポート、そして財政の効率化。「今の世代だけでなく、将来の世代も暮らしやすい米子」を目指して取り組んでいます。
■ 「議員」って何をする人?
「議員って実際何をしてるの?」という声もよく聞きます。
大きく分けると2つです。一つは議会での質問や議案の審議。市の予算案や条例の内容をチェックして、おかしいと思ったことは質問で明らかにする。もう一つは、市民の声を市政に届けること。「こういう問題がある」「こんな支援がほしい」という声を、具体的な質問や提案につなげていく。
「何か困ったことがあればいつでも相談してほしい」と言い続けているのは、それが議員の仕事の出発点だと思っているからです。
■ まだまだやれることがあります
4年目になった今も、「もっとやれることがある」と感じています。
大きいことも、小さいことも、一つひとつ積み上げていく。そのスタンスは変わりません。これからも、皆さんの声を聞きながら動いていきます。
【読み終わりの一言】
「こういうことを議会で取り上げてほしい」「米子のここが気になっている」など、どんな声でもInstagramやXのDMで聞かせてください📲
活動の様子はInstagram @morisato726 / X @morisato726 でも発信しています。
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