2026/6/24
午前0時を回り、「慰霊の日」(23日)が終わってしまいました。
この写真は、沖縄県慶良間諸島の慶留間島(げるまじま)と外地島(ふかじしま)にかかる橋から撮りました。この近くに、米軍が沖縄戦で最初に上陸し、星条旗を立てた場所があります。1945年3月26日のことです。
それから約3〜5ヶ月の苛烈な戦闘で、20数万人が命を落としました。よく「県民の4人に1人が亡くなった」という表現をされます。「生き地獄」という言葉も、経験者の口から聞きます。
そんなにひどい目にあった島々に、今は米軍と自衛隊の基地が数多く存在しています。軍事的な緊張感が政治的に高められ、偶発的な衝突が起きる危険性が身近にある中で、県民は生活しています。
しかし基地の存在は、現在の沖縄県のあり方と密接不可分な関係にあり、県民の思いも一様ではありません。その「簡単には決めつけられない」というところを、県外の人にはわかってほしいと、かつて短いけど県民だった自分は思います。
二度と島々を戦いの場にしない。
沖縄の基地や軍備を「彼らの課題」と思わず「私たちの課題」として、日本に暮らすみんなで、ともに考えていきたいと思います。

この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>森中 ひであき (モリナカ ヒデアキ)>午前0時を回り、「慰霊の日」(23日)が終わってしまいました。