2026/6/4
議員の仕事は、人と向き合う仕事です。
市民相談を受けていると、生活に困っている方、家族関係に悩んでいる方、仕事を失った方など、さまざまな事情を抱えた方と出会います。
その中には、信じて支えた結果、裏切られたように感じる出来事もありました。
あるとき、生活に困っている方から相談を受けました。
生活保護を申請し、生活を立て直したいという意欲もありました。
私は知り合いのリサイクル業の方にお願いし、ガスコンロや冷蔵庫など、生活に必要なものを用意してもらいました。
生活保護が始まるまでの間は、社会福祉協議会の融資なども活用しながら、生活全般を支えていました。
しばらくは順調に生活しているように見えました。
しかし、ある日突然、姿を消してしまいました。
後から聞くと、私が紹介した人たちに、さまざまな理由をつけてお金を借りていたようです。
金額は、合計で30万円ほどだった思います。
そのお金を持って、どこかへ行ってしまいました。
正直、信じられませんでした。
生活保護につながり、住まいも整い、生活を立て直す道が見え始めていたところでした。
それなのに、30万円ほどのお金のために、安定しかけていた生活を投げ捨ててしまう。
そのことが、私には理解できませんでした。
私自身も、困っている方に5,000円や1万円を貸したことがあります。
もちろん、すぐに返してくれる方もいます。
しかし、そのまま姿を消してしまう方もいます。
一度や二度ではありません。
それでも、最初から疑っていてはきりがありません。
相談に来る人を、最初から疑いの目で見る。
それでは、本当に困っている人にも手が届かなくなってしまいます。
もちろん、慎重さは必要です。
支援の仕方も考えなければなりません。
ただ、疑うことばかりが先に立つと、誰も救えなくなってしまいます。
「衣食足りて礼節を知る」
という言葉があります。
生活に困っていると、人は冷静な判断ができなくなることがあります。
先のことを考えられなくなることもあります。
どこか欠けてしまう部分が出てくるのも、ある意味では仕方がないのかもしれません。
だからこそ、まずは生活を安定させることが大切だと思っています。
住む場所がある。
食べるものがある。
眠れる場所がある。
その土台があって初めて、人は次の一歩を考えられるのだと思います。
人を信じることは、簡単ではありません。
裏切られたと感じることもあります。
悔しい思いをすることもあります。
それでも私は、人を信じることをやめたくありません。
一度失敗した人でも、また立ち上がれる社会であってほしい。
困ったときに、誰かに相談できる社会であってほしい。
そう思っています。
人を信じることは大切です。
しかし一方で、支援する側にも限界があります。
何でも背負いすぎれば、支える側が壊れてしまうこともあります。
次回は、
「支える側にも支えが必要だと思う理由」
について書きたいと思います。
草加市議会議員
斉藤雄二

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