2026/5/14
議員になる前は、「選挙に当選すること」が一番大変なのだと思っていました。
しかし実際には、当選してからの方が長く、そして難しい。
そう感じることが多くありました。
選挙は一つの節目です。
ですが、議員の仕事は、当選してからが本当の始まりです。
議員になると、常に見られている感覚があります。
例えば、休日にスーパーへ買い物に行ったとき。
知り合いの方にお会いすることがあります。
そして、買い物かごの中を見て、
「今日は鍋ですか?」
と声をかけられることもありました。
もちろん、悪気があるわけではありません。
何気ない会話なのだと思います。
ただ、「常に見られている」という感覚は、議員になる前にはなかったものでした。
仕事と私生活が、きれいに分かれているわけではない。
そのことを、日々感じるようになりました。
また、ご挨拶に伺った方の顔と名前を、すべて覚えきれないこともあります。
お宅に伺えば分かる。
ですが、街中で突然お会いすると、すぐに思い出せないこともあります。
気づけないこともあります。
それが申し訳なく感じることもありました。
相手にとっては、きちんと会って話した相手でも、こちらが瞬時に思い出せないことがある。
そこに、議員という仕事の難しさを感じることがあります。
もう一つ、心苦しかったことがあります。
それは、家族も「議員の家族」として見られることです。
あるとき、
「議員の親なのに、挨拶もできない」
という陰口を耳にしたことがありました。
正直、それはとてもつらく感じました。
私の親にとって、支持者の方々は基本的には他人です。
当然、気づかないこともあります。
誰なのか分からないこともあります。
しかし、議員の家族となると、周囲からは同じように見られてしまう。
そこに、難しさを感じました。
議員本人が見られるのは当然だとしても、家族まで同じように見られ、評価される。
それは、この仕事の厳しさの一つだと思います。
地方議員という仕事は、自分一人だけの話ではありません。
家族にも影響があります。
生活の中に、常に政治が入り込んできます。
それが、この仕事の現実なのだと思います。
当選したから終わりではない。
むしろ、そこから先の毎日の積み重ねの中に、この仕事の難しさがあるのだと感じています。
それでも、私はこの仕事を続けています。
市民相談を受け、
議会で発言し、
少しずつでも街を良くしたい。
そう思っているからです。
簡単な仕事ではありません。
気を抜ける仕事でもありません。
ですが、だからこそ意味があるのだと思っています。
難しさがあるからこそ、向き合う価値がある。
私は今、そう感じています。
議員として長く活動を続ける中で、私は「政治家に必要なもの」についても考えるようになりました。
知識なのか。
発信力なのか。
人柄なのか。
次回は、地方議員に本当に必要な力とは何かについて書きたいと思います。

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