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偉人伝活動から考える教育のヒント|朝長 勇

2024/1/19

参政党の議員ブログを転載しております

こんにちは!  
今回は私が取り組んでいる主に保育園での偉人伝活動を通して経験したことや感じたことをお伝えし、子どもたちの教育についてともに考える機会になればと思い記事を書かせていただきました。  
【偉人伝との出会い】  

平成21年の秋、まだ私の三女が小学生だった頃、PTA関係の講演会で、教育再生に取り組む山口秀範先生((株)寺子屋モデル 代表)の講演を拝聴したのが始まりでした。  
ちょうどモンスターペアレントなど保護者が学校に対して親としての責任放棄とも言えるような過剰な要求をする問題などが話題になっていた頃だったと思います。権利や自由を曲解して都合のいいことばかりを声高に主張するような世の中の風潮に違和感を憶えていたことを思い出します。  

そんな時に出会った山口先生の講演はモヤモヤした私の気持ちに大きな気付きを与えてくれるものでした。理屈ではなくお手本を示す。「ああしなさい、こうしなさい」では子どもの心には響かない。日本の歴史を振り返れば世のため人のために尽くした数多の偉人と出会うことができる。そんな偉人の人生を語り伝え、「こんな人になりたい」「自分もこんな仕事をやってみたい」と心を揺さぶることで持って生まれた適性や良心を呼び起こしてやることが大切であるという話を聞いてなるほどと納得させられました。  

幼い子どもはしきりに親のすることを真似しようとします。これは早く成長したいという本能の現れであろうと思います。「学ぶ」と「真似ぶ」は同じ語源とも言われ、ここからもお手本を示すことの大切さを窺い知ることができます。  
昔はおばあちゃんが孫をおんぶしながら「昔日本にはこんな立派な人がいたんだよ。すごいね!」と語りかけながら情緒を育んでいた。かつての日本に確かにあったそんな素朴な風景を取り戻したい。そんな山口先生の思いに感銘を受け、歴史が苦手な私にもできることがあるかも知れないと感じて受講したのが平成23年夏の「寺子屋の先生養成講座」でした。  
【偉人伝の実践】  
主な実践の場は私立の保育園・幼稚園です。山口先生の取り組みに共感する園長が教育の一環として偉人伝を取り入れられており、そこに講師としてお邪魔して偉人伝の実践を行います。  

 
偉人の人生から伝えたいエピソードなどを簡潔にまとめて伝えるのですが、そこで必ず取り入れることは偉人本人が遺した言葉を園児たちと一緒に唱和することです。主に和歌の場合が多いですが、園児たちは楽しそうに大きな声を張り上げて唱和してくれますし、そしてすぐ覚えてしまいます。意味はわからなくても日本語独特の響きや心地よいリズムは幼い園児たちにもすうっと吸い込まれていくようです。  

ある日地元の保育園で「野口英世」の偉人伝を実践した後、それを聞いた園児のお祖父さんと後日たまたま会う機会があり、こんな言葉を頂きました。  
「あなたの話を聞いたうちの孫が帰ってくるなり、野口英世の本を買いに行く!と言ってせがんできたよ。ありがとう。」  
どれくらい伝わっているのか手応えを感じる機会が少ないのでこれは本当に嬉しい出来事でした。  

【偉人伝活動での学び】  
野口英世は乳児期の火傷で左手がコブのようになり、棒のような左手と家が貧乏であることを「びんぼう、てんぼう」と揶揄していじめられ登校拒否になりました。その英世を救ったのは母のシカでした。「母の不注意でつらい思いをさせてすまない。左手は使えなくても右手で勉強していじめっ子を見返して欲しい。」と泣きながら抱きしめる母の愛情を全身で受け止めた英世は、その言葉通り勉学に励んでいじめを克服します。そして自身が受けた左手の手術で医学の素晴らしさに目覚めて医師を志すことになります。猪苗代の実家を離れる際には、「志を得ざれば再びこの地を踏まず」との言葉をナイフで柱に刻み不退転の決意を誓いました。  

また北里柴三郎は子どもの頃、軍人になることを夢見ていましたが、医学学校で見た顕微鏡の世界に魅了されて医学の道を選ぶことになります。南極観測船「しらせ」の名の由来となった白瀬矗は幼少期にお寺にあった探検記を読んで前人未踏の北極探検を志します。  
幼少期の出会いや体験、親の愛情がいかに子どもたちの未来に大きな影響を与えるのか、偉人の人生を学ぶことで今私たちが取り組むべきことのヒントを得ることもできます。  

【ある園長の呟き】  
偉人伝を実施しているある保育園では、挨拶や着替え、食事の作法などしっかりした躾を身につけさせた上で園児を小学校に送りたいという思いを持って熱心に取り組んでおられます。給食も手作り味噌や醤油など伝統的な日本食が中心に据えられていて保護者からの評判もよく、遠方から入園を希望される人も多いとのことでした。  

その園長から伺ったお話で非常に考えさせられたのは次の二つの悩みでした。  
 

 

①小学校に入学するまでに最低限の躾をして身の回りのことは自分でできるように育てたはずだが、小学校に入るとだんだんできなくなってしまう。

②高い評価をいただけるのは喜ばしいことであるが、この保育園に預ければ大丈夫という感じで保護者が任せきりになる懸念を感じている。


学校教育のあり方や保護者の意識の問題など、社会環境から考える必要性について痛感させられるお話でした。  

【何のための教育か】  
「寺子屋の先生養成講座」でまず読むことを勧められた本が内村鑑三(1861 − 1930)の「代表的日本人」でした。  
この本は、著者が日本を離れキリスト教圏の西洋人と交流するようになった際に度々出会うことになった質問「異教徒である日本の国民がなぜそのように賢明であるのか?」という疑問に対して答えるために英語で書いた著書であるとのことです。  
この問いに対して内村鑑三はその著書でこう答えています。  

『「そう、私どもには学校教育があった。それもなかなかのものだ。私どもは「十戒」のうち少なくとも八戒は、母の膝にいる間に父の口から学んでいるのである。力は正義ではないこと、天地は利己主義のうえに成り立ってはいないこと、泥棒はいかなるものでもよろしくないこと、生命や財産は、結局のところ私どもにとり最終目的にはならないこと、その他多くのことを知った。学校もあり、教師もいたが、それは諸君の大いなる西洋にみられ、今日わが国でも模倣しているような学校教育とは、まったく違ったものである。まず第一に、私どもは、学校を知的修練の売り場とは決して考えなかった。修練を積めば生活費が稼げるようになるとの目的で、学校に行かされたのではなく、真の人間になるためだった。私どもは真の人、君子と称した。(中略)」・・・私どもが理想的な学校教師として尊敬する一人の生涯を、ここに描くことにしましょう。』・・・  
と前置きして中江藤樹を紹介しています。  

現代の日本人が失った教育とは何であったのか、そもそも何のための教育であるのか、弊記事がその原点に立ち返り共に教育のあり方を考える機会となれば幸甚です。  

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朝長 勇-  
Isamu Tomonaga-  
-  
所属議会  
武雄市議会議員(佐賀県)  

経歴・政治目標

昭和42年6月20日佐賀県武雄市生まれ。平成2年3月九州大学経済学部卒業。福岡で5年間システムエンジニアとして民間企業に勤務後、実家に戻り家業の土木建設業に従事。平成22年4月 武雄市議会議員初当選。教育再生、金融リテラシー向上による地域活性化(貧困の連鎖解消)を目指す。
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著者

神谷 そうへい

神谷 そうへい

選挙 第26回参議院議員選挙 (2022/07/10)
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比例代表 参政党 [当選]

肩書 参政党代表 兼 事務局長
党派・会派 参政党
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