2026/6/9
震災から15年が経ちました。
あの日の記憶は、多くの市民の胸に刻まれているはずです。しかし時とともに、あの恐怖も、あの悲しみも、少しずつ薄れていきます。これが「風化」というものの恐ろしさです。
一方で、この15年間、備えは着実に積み重ねられてきました。耐震工事、避難訓練、備蓄品の充実、ハザードマップの整備——数字の上では、「備え」は確実に進んでいます。
ここに、一つの懸念があります。記憶の風化と備えの充実が、同時に進んでいるということです。「何となく安全になった気がする」「訓練はやっているから大丈夫だろう」——こうした油断が、せっかくの備えを形骸化させてしまいます。
実は、苦い経験があります。宮城県沖地震の教訓をもとに作られた計画が、東日本大震災では想定を超える事態の前に、計画通りには動けませんでした。備えていたはずなのに、です。計画は計画に過ぎない。それを思い知らされた経験が、今も私の胸に重くあります。
「備えよ常に」。そして「災害は忘れた頃にやってくる」。
どちらも、人命を失うという貴重な経験から生まれた金言です。標語として耳に馴染んでいるからこそ、その重みを改めて受け止め直さなければなりません。
6月12日の市民防災の日を前に、まず我が身から問い直す。その一歩が、地域全体の防災力を支えると、改めて心に刻んでいます。
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