2025/5/13
昨年の都知事選の際、私は地元 稲城市 で『開票立会人』のボランティアに参加しました。
投票締切の午後8時に合わせて、市の体育館へ車で向かいました。
実はその道中、車内で耳にした出口調査の速報により、現職候補の当選確実の情報が流れました。開票前に結果が見えてしまったことで、正直なところ複雑な気持ちになりました。
しかし、気持ちを切り替えて臨んだ開票作業の立会いは、自分の中に静かな熱を呼び起こす経験となりました。
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市内の各投票所から投票箱が体育館に集められ、選挙管理委員会が定められた手順に従って開票と集計を行っていきます。
投票用紙は束ねられ、まずは判別機にかけられます。その後、選管スタッフによる人海戦術で、各候補者ごとに票が積み上げられていきます。
誤字脱字などにより機械で読み取れない票は別のラインに回され、人力で判別します。
また、何らかの理由で筆記が困難だったと見られる票についても、選管の職員が一枚一枚丁寧に確認し、ときには議論を交わしながら、どの候補者への投票かを判定していきます。
「投票とは、これほどまでに重いものなのか」――
投票者一人ひとりの1票が、丁寧に扱われ、民意として形になっていく。
そのプロセスを目の前で見たとき、私はその重みを心から尊く感じました。
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学生時代、中東地域について学ぶ中で、不透明な選挙制度や独裁政権の現実を知る機会がありました。
けれど、自国において当たり前のように行われている民主主義の営みに、開票立会人をやるまで本当の意味で意識を向けたことはなかったように思います。
民主主義は決して完全なものではありません。
それでも、世界には自国の選挙で一票を投じることすら叶わず、苦境の中で声を上げられない人々がいることを、私たちは忘れてはならないと思います。
私は、ただこの国に暮らしながら、当たり前のように存在する選挙という仕組みを、心から誇りに思います。
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だからこそ、そんな貴重な一票を、どうして無駄にすることができるでしょうか。
もちろん、もっとよい仕組みがあるかもしれない。変えるべきところは、きっとあるはずです。
けれどまず、私たちはこの現実の中に立ち、いま与えられている制度のもとで、自分の意思を表明する自由と責任を、きちんと引き受ける必要があると私は思います。
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子どもたちが、未来に安心して暮らせる社会を残すために――
私たち一人ひとりが、もう少しだけこの「選ぶ」という行為と向き合ってみてもいいのではないでしょうか。
決して、重苦しい話ではありません。
ほんの少し関心を向けてみる。選挙に足を運んでみる。
まずはそれだけで十分だと思います。
それだけで、社会の空気は少しずつ変わっていく――私は、そう信じています。
(以前X(旧Twitter)に投稿した記事からの転載です)
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ワタナベ ジュンペイ/41歳/男
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